VW Driving Experience in Tunisia 2009
サハラ砂漠を走る
もはや先進諸国では、クルマが爆発的に売れることはなくなった。
必要な人には十分に行き渡った成熟商品になったからだ。
自動車メーカーは自社製品のリピーターを増やし、他社製品ユーザーを取り込むかを第一目標に据えて躍起になっている。
そのために、手を替え品を替えマーケティング活動を行っているのだが、ここ数年で盛んになってきたのは、北欧の雪原やアフリカの砂漠などをクルマで旅するツアーを自動車メーカー自らが主催していることだ。
マスマーケットに訴求することはできないが、参加者には強力なメッセージを伝えることができる。
フォルクスワーゲン本社では5年前から様々なツアーを行っているが、フォルクスワーゲンジャパンから参加するのは初めての試み。
帰国後に、『モーターマガジン』誌に発表した同行取材記である。
2009年4月 チュニジア・トズール~クサルギレン~トズール
●1 サハラ砂漠を、トゥアレグで4日間走る
サハラ砂漠の北東の端を、4日間で約800km走ってきた。
まず、チュニジア南部の都市トズールから西へ進み、アルジェリア国境沿いに南下。
内陸方向へ向きを変え、クサルギレンというオアシスまで東南に進み、その周辺を走って北上し、ジェリド湖という塩湖を抜け、トズールへ戻るというルートだった。
運転したのは、フォルクスワーゲン・トゥアレグTDI。
日本には輸入されていない3リッターV6ディーゼルターボエンジンを搭載している。
砂漠を走るための装備や改造は特に施されてはおらず、ノーマルのトゥアレグである。
マニュアルシフト機能付きの6段AT。
最低地上高をセンターコンソールのスイッチで任意に5段階に上下でき、ダンピング強度をスポーツ、ノーマル、コンフォートの3段階に切り替えられるエアサスペンションを装備している。
ローレンジモードを選べる副変速機も付属。
タイヤも市販されているピレリのスコーピオン。
なぜ、チュニジアに行ったのかと言えば、それは「フォルクスワーゲン・ドライビング・エクスペリエンス」というVWドイツ本社がオーガナイズしているイベントに参加したからである。
イベントの詳細については回を改めて、後に紹介させていただきたい。
イベントには、ヨーロッパ各国で行われているエコ運転トレーニングから始まり、さまざまな内容と規模のものが開催されている。
今年のオフロード・ドライビングトレーニングは、チュニジアのサハラ砂漠を4日間走る、このプログラムは同じ内容で4回行われ、そのうちのひとつに参加してきたわけだ。
イベントスタッフ、他の参加者たちとともに6台のトゥアレグで、朝のトズールを出発する。
トズールはチュニジア南部で最も大きな街で、ハイシーズンにはヨーロッパ各都市から直行便が往復している。
とは言っても、古くからの砂漠のオアシスの街で、西洋風の高層ビルなどは存在していない。
街の出入り口である立派な門を出れば、見渡す限りの砂漠だ。
砂漠の中に走り出しても、しばらくはまだ、舗装路が続く。
ジェリド湖を左に見ながら、アルジェリア国境に向けて西進し、ネフタという小さな街を抜けたところで、舗装路を外れた。
踏み固められたラフロードが始まる。
塩湖を時計と逆回り方向になぞりながら、南下して行く。
道路とワダチの中間的な道を進んで行く。信号などはもちろんなく、交差点もない。
背の低い草があちこちに生え、若干の起伏が伴う景色が地平線まで続いている。
ギアは“D”モード、最低地上高すらも“オート”モードで、 最適なポジションが選択されるから、路面のギャップや凹凸に注意するぐらいで走ればいい。
前を走るトゥアレグとの車間距離が日本を走っている時のように詰まり勝ちになってしまうが、時々、意識して間を空ける必要がある。
巻き上がる土煙りが視界を遮り、追突事故の危険性を上げる。
同時に、先行車がハネ上げる石に直撃される危険性も避ける必要があるからだ。
それにしても、トゥアレグV6TDIの走りやすさ、乗り心地の優しさといったらない。
舗装路から未舗装路まで、フラット路面から岩が連続して顔を出す凸凹地面まで、様々な種類と強さのショックを巧みにイナしながら、前へ前へと進んでいく。
ヨーロッパで発表されたばかりのポルシェ・カイエンディーゼルは、まだ運転したことがないので厳密な比較ではないのだが、両車のセッティングには明らかに違いがある。
トゥアレグV6TDIは、カイエン(ガソリンV6)やカイエンS(ガソリンV8)よりも乗り心地が柔らかく、ハンドリングも過敏過ぎず、適度にマイルドだ。
懐が深いのだ。
それらが功を奏して、結果的にラフロードでの路面追従性の向上につながっている。
カイエンには、レスポンスの鋭さと舗装路面でのパフォーマンス寄りのセッティングが施されている。
舗装路で乗ると、911を彷彿とさせるシャープな反応を示してくれるが、ラフロードでは凸凹路面からの反発が強い。
センチ単位でラインをトレースするような舗装路面でのコーナリングならカイエンが狙い通りに走れるだろうが、ラフロードではトゥアレグに分がある。
乗員へのショックが少なく、いい意味で鷹揚だから、岩やギャップを避けながら長距離を何日も走り続けるのには向いているだろう。
ジェリド湖から離れ、さらに南東に進むと、ドゥーズという街に着いた。
ここで、ランチだ。
「北アフリカのチュニジアへ行って来た」
帰国後に、友人知人に話すと決まって聞かれるのが、次のひとことだ。
「食事は、どうなの?」
必ず、次のように答えている。
「美味しいですよ。肉も魚あって、野菜は新鮮。ハーブやスパイス、オリーブオイルをたくさん使って、味わい深いですね。中東と似てます」
ほぼ毎食、クスクスが出た。デュラム小麦の粗挽き粉に水を含ませたものだ。
蒸して食べると、日本のご飯のように、野菜の煮物やシチューなどに添えられて出てくる。
そのまま食べるとパサパサしているだけだが、肉と野菜を煮込んだソースを掛けて食べると、味が調和してウマくなる。
サラダとシチューとクスクスのランチをいただいたあと、メディナと呼ばれる、かつて城壁に囲まれていた旧市街の広場に並ぶ土産物屋をひやかしていると、そのうちの一軒の名前が「Touareg」だった。
北アフリカのサハラ砂漠に生活しているトゥアレグ族から取った店名だ。
トゥアレグ族は、厳密には、ここよりももっと南から西に掛けてのアルジェリア、ニジェール、マリ共和国などに、約250万人ほどが活動しているという。
彼らは、青いターバンを着用しているので、「青衣の民」と呼ばれている。
VWのトゥアレグは、彼らにちなんで名付けられている。
これも縁なので、僕も青いターバンを1枚、ご当地流に値切って13ディナール(約1000円)で買った。
ドゥーズから初日の目的地クサルギレンへ向かうにつれて、草木や岩石が減っていく。
その分、砂ばかりの光景が少しづつ広がっている。
ワダチも、踏み固められた土だったのが砂に変わっていった。
ハンドルを通じた手応えが少し緩くなることで体感できた。
何頭ものラクダに大きな荷物を背負わせた隊商をいくつも追い抜いたが、彼らは自動車にも慣れていて、こちらが近付くのを察知すると、すぐにワダチから外れて、脇の砂地に避けてくれる。
千年以上も前から、そうしてモノを運ぶ姿は変わっていないのに、“新参者”の自動車に道を譲ってくれる謙虚さに頭が下がった。
おまけに、ラクダを率いる大将たちは人なつこく、 気軽に写真撮影に応じてくれる。
そして、お礼の小銭も受け取らないのだ。
砂地のワダチに入っても、トゥアレグV6TDIは優れた素質を発揮し続けた。
アイドリングに近い回転域から最大トルクを発揮し始めるので、停止寸前ぐらいまでスピードを落としてから再加速するようなギャップ越えでも、スムーズに加速していく。
ワダチに現れたギャップを越える時には、ブレーキングによってノーズダイブさせ、ギャップを越える寸前にブレーキペダルから足を離す。
縮んだサスペンションが伸びる動きを利用して、ショックを小さくすることができるからだ。
そういう走り方をする時には、このV6TDIのようなエンジンが大いなる助けとなる。
回転を上げ過ぎる必要もなく、ギャップを越えていく。
夕暮れを過ぎて到着したクサルギレンは、砂漠の中のオアシスだった。
ナツメ椰子が生い茂った小さな集落に泊まった。
●2 自動車メーカーが、なぜツアーを主催するのか?
フォルクスワーゲン社では、2003年から「ドライビング・エクスペリエンス」活動を行っている。
有料で申し込んだ参加者を同社の最新型に乗せ、さまざまなツアーやレッスンを行うのがその内容だ。
規模の小さいものでは、エコ・ドライビングレッスンがある。
半日の日程で、エコ運転をするにはどうしたらいいか、ポロやゴルフを運転しながら、インストラクターが教えてくれる。
これは日本、中国、韓国でも一昨年から行われている。
ドイツでは、オッシャースレーベン・サーキットを使った、スポーティドライブ編もある。
「速く走ることと一緒に、危険回避や安全運転についても教えています」
(フォルクスワーゲン本社ドライビング・エクスペリエンス担当、
ブリッタ・ショーンフェルダー氏)
他に、運転初心者のためのビギナートレーニングやオフロードトレーニング、珍しいところでは、ショーファー専用コースもある。
それらの中でも規模の大きなものがオフロード・トレーニング付きのツアーだろう。
ドイツ・フランクフルト空港に集合し、飛行機で海外に出掛けていく。
行き先は、北はノルウエーやアイスランド、東はトルコやドバイ、南はボツワナ、ナミビア、南アフリカ、モロッコ、そしてチュニジアなどだ。
2泊から4泊の行程で、適度に各地の観光スポット的なところをコースの中で訪れつつオフロードを走り、再び飛行機でフランクフルト空港へ戻ってくる。
参加代金は、ツアーにもよるが、4泊の場合でだいたい2000ユーロ前後に設定されている。
ロシアでは、フランクフルトまで赴かなくても、フォルクスワーゲンのメソッドに従いながら、 国内で独自のオフロードトレーニングツアーを開催し始めている。
つまり、「ドライビング・エクスペリエンス」は、フランクフルト空港に集合するドイツ本社主催のものと、 各国のフォルクスワーゲン支社が独自に開催しているものの2系統が存在している。
したがって、自らフランクフルト空港まで赴き、外国人と一緒のツアーを厭わないのであれば、日本からでも誰でも参加料金を支払えば参加することができる。ツアーの詳細と申し込み方法は、ウェブサイトに掲載されている。
約2000ユーロのツアー参加代金には、フランクフルト空港から目的地までの往復航空機代、4泊分の宿泊代金、一日3食の食事代などが含まれている。
もちろん、クルマの使用料金や燃料代、インストラクターの講習費なども同様だ。
ちなみに、今回のツアーは、フォルクスワーゲン・ジャパンが主催して参加者を日本国内から募り、4回行われるチュニジア・サハラ砂漠ツアーの1回として、本社のスタッフとインストラクターのもとに催行された。
参加代金は、成田往復の航空運賃も含め20万円。
日本から参加した場合の20万円は特に、フランクフルト空港に集合して参加した場合の2000ユーロでも、内容を考えれば大バーゲン価格である。
仮に、トゥアレグV6TDIのレンタカーを4泊5日間借りて、800km以上走行したとすれば、燃料代を併せてそれだけで20万円は超えてしまうだろう。
宿泊した、ふたつのホテルのひとつは五つ星の高級ホテルで、もうひとつは星表示こそしていないが、オアシスの中の豪華で快適なホテルだった。
また、サハラ砂漠のようなところを走るには、土地勘があり、砂漠と4輪駆動車に精通しているガイドの存在は必須である。
その手配などを含めて考えれば、今回のツアーがいかに格安かつ貴重であるか想像できるだろう。
現地の事情に通じているだけでなく、自動車で旅をするノウハウと装備は入念な準備なしには手に入れられるものではない。
なかなか走ることができないところを旅できる楽しみの他に、「ドライビング・エクスペリエンス」には、もうひとつの楽しみが内包されている。
あなたが、もしフォルクスワーゲンのユーザーだったり、これから購入を考えているのだったら、旅はより深みを増すことになる。
トゥアレグの持つパフォーマンスを十二分に発揮できるのだ。
砂漠では4輪駆動の実力を、砂漠から出たならば、地平線まで続く空いた道を延々と走り続けることができる。
日本では体験できないシチュエーションで、ユーザーならば自分のクルマの底力を確認することができるし、これから購入を考えている人ならば 、真価を知ることができる。
「ドライビングエクスペリエンスは、顧客の満足度を深めるためのイベントとして始まりました。
最初は、ドイツ国内でのフェートンでの安全運転トレーニングとトゥアレグでの オフロードドライビングトレーニングでした。
すぐにポテンシャルカスタマー(顧客候補)にも対象を拡げ、販売促進の一環として、特別に重要な活動として成長してきました」
(前出のショーンフェルダー氏)
イベント数も増え続け、2008年には203ものイベントが開催された。
参加人数は、6500人。
「規模が大きくなったのは、参加者の反応がきわめて良かったからでした。
参加者たちはみな、フォルクスワーゲンのさまざまなパフォーマンスを引き出して
運転することを習得するのに夢中になってくれています。
もちろん、リピーターも少なくありません。
参加費用についても満足しています。
我々が予想した以上の成果を挙げています」
ショーンフェルダー氏の話を聞いて印象深かったのは、ドイツ本国をはじめとする参加者たちが、サーキットや砂漠、ノルウェーの凍結湖などの“特別な場所”でのレッスンを強く求めているということだった。
日本から見れば、ヨーロッパは依然として、クルマをクルマらしく走らせることのできる“自動車天国”のはずである。
しかし、都市部の渋滞や自然環境保護の観点からのオフロードエリアでの走行制限区域の拡大など、“走れる場所”が狭くなりつつあるのだという。
ヨーロッパも確実に変わり始めている。
「また、パフォーマンスを実現するための機能の説明と実演も、参加者から求められます」
サーキットであれば、各モデルのRシリーズやGTIシリーズなどの高性能モデルの運動性能を、トゥアレグやティグアンなどのオフロード4輪駆動車であれば、悪路走破能力を試し、参加者が実践できる場を提供していることが高い評価を得ている。
リピーターや参加者を増やしている理由は、もうひとつあると思った。
それは、旅というものが根源的に有する魅力とクルマを組み合わせたことだ。
日本から見ればヨーロッパとチュニジアは遠くはない位置関係にあるが、誰でも訪れたことがあるというわけではないだろう。
広大な砂漠と圧倒的な景観、味わい深いチュニジア料理などは彼らにとってもエキゾチックな体験であるはずだ。
自分でクルマを運転するのは面倒臭い、バスで行きたいという人でない限り、ちょっとした冒険心をくすぐってくれる旅は大いに魅力的に映るのではないだろうか。
“ここではない、どこか”を求め、漂白するのに、クルマほどふさわしい手段はない。
人間のDNAに深く刻み込まれている欲望を刺激し、現代的な安全やエンターテインメントを確保しながら往くツアー「VWドライビングエクスペリエンス」が、ヨーロッパで支持を集めてきている現状を理解することができた。
日本から参加した3人も、大いに興奮し、満喫していた。
潜在的な参加希望者は、相当数いることは間違いない。
本社に申し込んで、フランクフルト空港に向かうのも一興だが、煩わしいことは否めない。
日本のアレンジが加わったツアーの第2弾、3弾が行われることを期待する。
●3 砂漠を4輪駆動車で走るには?
門前の小僧、習わぬ経を読む。
つね日頃見聞きして慣れていれば、知らず知らずその物事に習熟することのたとえ、だ。
フォルクスワーゲン社主催の「フォルクスワーゲン・ドライビングエクスペリエンス」に参加し、チュニジアのサハラ砂漠を走っていて、なぜ、そんなことわざを思い出したのか。
「スタックしないで砂漠を走るのには、何に注意すればいいのですか?」
新聞広告とディーラー店頭での懸賞募集に当選し、20万円の費用を支払って一般から参加してきた方から、ランチのテーブルで訊ねられた。
彼らは、その日の午前中、初めて走るサハラ砂漠でスタックを繰り返していたのだ。
砂に埋もれて身動きが取れなくなったトゥアレグV6 TDIを、全員で協力してスコップで砂を掻き出し、サンドプレートをタイヤに押し込み、もう一台のトゥアレグとロープで結んで引っ張り上げた。
その連続で、みんな砂まみれ、汗まみれになって、ランチに戻ってきたのである。
スタックしない走り方?
訊ねられて、初めて意識したが、スラスラとポイントを説明できたのが、自分でもとても意外だった。
「大事なことは、3つあります。ハンドルを切っている時間をできるだけ短くすること。
スロットルは急に戻さないこと。停車する時には、上りでも下りでもいいから、必ず勾配のあるところで停まること。この3つです」
この3つは、誰かに教わったわけでも、何かで読んで知ったわけでもない。
昨年と一昨年に参加したラリーレイド「トランスシベリア」の助手席で、
知らずに身に付いたものである。
7500kmのラリーレイドに2回、ナビゲーターとして参加し、横で運転している小川義文さんのドライビングから得た。
ジッと観察したわけでもなく、いちいち「ここはどうやって走るんですか?」などと小川さんに訊ねたわけでもない。
合計1万5000kmのラリー中、僕がハンドルを握ってカイエンSトランスシベリアを運転したのは、わずか300kmが1回だけ。
2007年の、ロシアステージ最終日に、スペシャルステージもなく、キャンプ地への到着時刻が規制されることもなかった日に、参考のためだけに一度だけ走らせた。2008年は運転していない。
「舗装路を走っていると気付きにくいですけど、ハンドルを切って、前輪に少しでも舵角が発生していると、その分が抵抗になります。
砂の抵抗というのはものすごく大きくて、その抵抗がクルマを止めるように作用します。
でも、エンジンからの駆動力は途切れなく伝えられてきているから、クルマを前に進めるのではなく、下方向に砂を掻く方に使われ、それがスタックに結び付くのです」
縦にした左右の手の平を動かしてフロントタイヤに模しながら説明すると、それをが耳に入ったのか、別の人から質問が出た。
「ハンドルを切っている時間を短くするということは、“急ハンドル”になってしまわないのですか?」
この人の心配は、よくわかった。
雪の上や凍った路面などでの急ハンドルは命取りだ。
彼は、それを心配しているようだ。
「大丈夫です。“急ハンドル”にはなりません。
さっき走ったようなフカフカな砂だったら、急にハンドルを切っても、舗装路や凍結路のようなことにはなりません」
いつの間にか、他の参加者もやり取りを聞いている。
「慣れて来ると、ハンドルを切って回っている途中で、だんだんとフロントタイヤの抵抗が増えていくのが感じられるようになります。
それを感じたら、一瞬、スパッとハンドルを直進に戻してみて下さい。
抵抗がなくなって、クルマがスーッと進んでいきますから」
すかさず、次の質問が飛んで来た。
「ハンドルを直進にしたら、コースから外れてしまいますよね?」
たしかにその通りなのだが、砂漠を走る場合は、一般の舗装路を走る時のように真っすぐ走っているわけではなく、実際のところ、クルマはクネクネと進んでいる。
360度見渡しても、他にクルマなんて走っていない砂漠なのだから、多少クネクネしたって構わない。
「僕も、曲がっている途中で、スパスパッとハンドルを戻しながら走っています。
舗装路を走っている時のようなキレイな曲線を描いて走っているわけではなくて、曲線の途中に短い直線が含まれたギザギザの軌跡となっています」
「フォルクスワーゲン・ドライビングエクスペリエンス」には、専任のインストラクターが就く。
今回は、アンドレアスというドイツ人とアシスタントが一名。
アンドレアスが、毎朝、その日のコースの簡単な説明を行って、先頭を走り、最後尾をアシスタントが受け持つ。アンドレアスは、砂漠を走る時の注意点として、「スロットルを強く踏め。上り勾配は、勢いを付けて走れ」とアドバイスしていた。
たしかに、砂地の勾配を上る時には、その手前の助走区間で勢いを付けなければならない。
参加者はその教えを守って、いいところまで行くのだが、上りの途中でスタックしてしまう。
なぜならば、強く踏み込んだスロットルペダルを一気に戻してしまうからだ。
段階的に戻していかないと、急な荷重移動が生じ、駆動力が途切れてリアタイヤのグリップが失われてしまう。
一瞬の後に踏み込んでも、回るタイヤは砂を引っ掻くだけで、クルマは前に進まない。沈んでいくだけだ。
3番目の、「停めるのは勾配のあるところへ」は、次に動き出す時に、惰力の転がりを利用するためだ。
平らなところに停めると、その場で掻いてスタックする場合がある。
美味しいチュニジアのランチをいただき、午後も砂漠へ。
約200年前に、フランス軍が丘の上に築いた砦の遺跡に上るのが目標だ。
ランチの間に、一帯が突発的に雹に見舞われた。
直径数ミリから1センチぐらいの氷の粒が大量に降って来た。
北アフリカで雹に見舞われるなんて、ラッキーなのかアンラッキーなのか。
ラッキーだったとすれば、砂が雹の水分で固まってくれたことだ。
砂漠は、午前中のベージュ色から、濃い褐色に変化して来た。
青い空とのコントラストが、鮮やかだ。
雨降って地固まり、格段に走りやすくなっていた。
誰もスタックしなくて良かった。
と、安心した次の瞬間、固まっていたはずの地面がズルッと大きくズレた。
穴に落ちたような感覚が伝わって来たが、穴なんてあるわけがない。
スタックだ。
降りて確かめてみると、雹の水分で固まっていたのは砂地の表面だけで、中は変わらないフカフカの砂のままだ。
こういうこともあるのだ。門前の小僧の限界だった。
フォルクスワーゲン・ドライビングエクスペリエンスは、2008年に世界中で203イベントも行われた。
同様の催しは他社も取り組んでおり、アウディ、ベントレー、ランドローバーのものには参加したことがある。
ポルシェは「トラベルクラブ」という事業体を持って活動しているし、AMGはサーキットでの本格的なトレーニングで年間シリーズを組んでいる。
日本での取り組みはアウディが一歩先んじていて、インゴルシュタットの本社見学とニュルブルクリンクサーキット走行を組み合わせ、その間の移動を最新アウディでアウトバーンを走るツアーを日本独自で企画運営している。
砂漠で、凍った湖の上で、ジャングルで、第一級サーキットで、アウトバーンで、日常では不可能なクルマのパフォーマンスを最大限発揮できる内容の旅が用意されている。
どれに参加しても、クルマのスゴさを体験し、クルマへの情熱と認識を深めることができるはずだ。
世界があなたを待っている。